長く「紙と押印」が当たり前だった不動産業界に、いまデジタル化の波が急速に押し寄せています。
2022年の法改正により、宅地建物取引業法でも重要事項説明書や契約書の電子交付が正式に解禁され、対面・紙ベースの契約からオンライン完結型の「電子契約」へと移行が進みつつあります。
電子署名やタイムスタンプを用いた契約は、法的効力を保ちながらスピードとコストを大幅に削減できる仕組みです。
契約のために印刷・押印・郵送・保管していた時間が短縮され、印紙税や人件費などのコスト削減にも直結。さらに、非対面・オンライン契約への需要が高まる中、顧客満足度を向上させるDX(デジタル・トランスフォーメーション)施策としても注目されています。
本記事では、電子契約の仕組みや法的根拠、導入のステップから成功事例までを最新情報で解説。
「紙からデジタルへ」移行することで不動産ビジネスはどう変わるのか――その実態と未来像を詳しく見ていきましょう。
1.不動産業界における電子契約の現状

2022年法改正で本格解禁された「電子契約」
不動産取引の電子契約化を大きく後押ししたのが、デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律(いわゆる “デジタル改革関連法”)です。この法律によって、書面および押印を必須とする手続きの見直しが行われ、関連する法律のうち約48件が改正対象となりました。
そして、特に重要なのが、宅地建物取引業法の改正で、令和4年5月18日から「重要事項説明書(35条書面)」「契約締結時書面(37条書面)」などを電磁的方法による提供・書面交付が可能となりました。
この改正により、従来「紙+押印+対面」という枠組みがあった不動産取引において、契約締結から交付・保存まですべてオンラインで完結できる環境が整備されたといえます。
ただし注意点として、すべての契約書類が電子化可能というわけではない点も確認しておく必要があります。
宅建業法・電子書面交付の最新動向
改正された宅建業法により、従来紙媒介であった媒介契約書・重要事項説明書・契約書等について、相手方(顧客・入居者等)の承諾を得たうえで、電磁的方法(PDF交付・ダウンロード・メール送付など)による交付が可能となっています。
また、国土交通省は「ITを活用した重要事項説明及び書面の電子化」に関するマニュアルを公開し、2024年12月にも最新版を更新しています。
実務上では、電子契約サービスを提供する事業者が「不動産業における電子契約・電子書面交付の活用ガイド」を発表しており、電子契約導入が“選ばれる不動産事業者”の条件の一つになりつつあります。
電子契約がもたらす3つのメリット(効率・コスト・顧客満足)
- 契約スピード・業務効率の向上
電子契約を用いることで、「紙を印刷・送付・押印・返送・保管」などの手間が削減され、契約から締結までの時間短縮が実現されます。実際に「1日で契約を完結させた」事例も報告されています。 - コスト削減(印紙税・郵送費・保管費用)
紙書類では、印紙税や郵送費・保管スペース費用がかかっていましたが、電子契約では印紙税が不要となるケースがあります(紙契約時に課されていた印紙税の適用除外)。
また、郵送や保管の必要がなくなり、書類管理のための人件費・スペースコストも低減されます。 - 入居者・契約者満足(利便性・非対面対応)
遠方の顧客・単身者・若年層など、“来店・対面”を省略したいニーズが高まっており、例えばオンラインで説明→電子署名・タイムスタンプ付き契約という流れが可能です。これによって、契約者の利便性向上・印象アップが期待されます。
このように、電子契約のメリットは、効率・コスト・顧客体験という三軸で不動産会社/管理会社にとって大きな優位性をもたらしています。
2.電子契約の仕組みと法的有効性

電子署名・タイムスタンプ・本人認証の基本
電子契約とは、紙媒体の契約書と同等の法的効力を持つ“電子データによる契約書”を作成・交付・締結する仕組みを指します。まず押さえておきたいのは以下の3つの技術・制度的要件です。
- 電子署名:契約当事者が本人として契約したことを証明し、かつ改ざんされていないことを担保する技術
- タイムスタンプ:契約データが特定時点で存在し、その後変更されていないことを証明するための時刻情報。
- 本人認証・電磁的方法による交付:電子契約では、契約当事者の同意を取得し、電子署名・タイムスタンプを付与し、かつ相手方に承諾を得た電磁的方法での交付を経て契約が成立します。
このような技術的/法的フレームワークによって、電子契約は紙の契約と同等の証拠力・契約効力を持つと実務的に認められています。
クラウド型サービス(DocuSign/クラウドサイン/GMOサイン)の仕組み
近年、不動産業界でも多く採用されている電子契約サービスは、クラウド型のプラットフォームを提供しており、以下のような仕組みで運用されています。
- 管理者(不動産会社・管理会社)が契約書テンプレートをクラウド上に用意。
- 当事者(オーナー・入居者・借主など)にリンクまたはメールを送付し、Web上で契約書を確認。
- 電子署名を当事者自身がスマホ・PCで実施。タイムスタンプが自動付与。
- 契約完了後、クラウド上・あるいはプロバイダーが提供するシステムで契約書原本データと履歴ログ(いつ誰が署名したか)を保管。
これにより、契約書の紙保存が不要になりつつ、遠隔でも契約締結が可能となっています。実際、DocuSignやクラウドサイン、GMOサインといったサービスが不動産業務向け活用を進めています。
このように、サービスの進化によって導入コスト・運用ハードルが下がっており、BtoBの不動産事業者でも採用を検討しやすい環境になってきました。
電子契約で認められる書類・認められない書類
電子契約・書面の電子化が可能となったとはいえ、すべての契約書類が電子化できるわけではありません。実務上、以下のような線引きがあります。
- 認められる書類:媒介契約書、指定流通機構(レインズ)登録書面、重要事項説明書(35条書面)、契約締結後の書面(37条書面)など。
- 認められない/条件付きの書類:たとえば、事業用定期借地契約、企業担保権の設定など、法律上「書面でなければならない」と定められている契約があります。
そのため、電子契約を導入する際には、該当契約・書類が電子化可能かどうかを事前に確認することが必須です。
3.導入のステップと注意点

社内ワークフローの見直し
電子契約を導入する際、単純に“紙→PDF化”という置き換えでは不十分です。まずは、社内のワークフローを以下の観点で見直す必要があります。
- 書類作成、署名、交付、保管というプロセスを電子ベースに再設計する。
- 関連部署(営業・法務・管理・IT)間での責任分担・連携を明確化。
- 従来の「印紙貼付」「郵送」「押印回収」「保管棚確保」といった工程を省略・削減できる部分を洗い出し。
社内の業務設計をきちんと整えなければ、導入しても効率化の実感が得られず、運用が定着しないケースもあります。
重要事項説明(IT重説)との連携
電子契約だけでなく、重要事項説明書をオンラインで行う「IT重説(ITを活用した重要事項説明)」との併用が注目されています。例えば、映像通話/録画記録/双方向通信を使って、説明と交付を遠隔で実施する手法です。国土交通省でもそのガイドラインを公開しています。
この連携によって、入居・売買契約の手続きが“非対面で完結”する流れを構築でき、顧客にとっても利便性が高まります。導入企業では、IT重説+電子契約で「契約プロセスを半日以内に完結させた」例も出ています。
セキュリティ・データ保管体制の整備
電子契約導入において最も無視できないのが、セキュリティ・データ保管・コンプライアンス体制です。具体的には以下の対応が必要です。
- 電子契約データ(署名済データ・タイムスタンプ・ログ)を所定期間保存・バックアップできる体制。
- クラウドサービス選定時に電子署名法・電子帳簿保存法対応であることを確認。
- 入居者・契約者の同意取得プロセスおよびプライバシー対応。電子交付・電子署名による手続きの場合、取引相手方の承諾を文書または電磁的方法で得ているかが法的要件となります。
- システム障害・通信障害・データ改ざんリスク等に備えたBCP(事業継続計画)/代替手段(例:印刷・紙保存)の検討。
これらを軽視すると、電子化のメリットを享受できないだけでなく、トラブル・罰則リスクにもつながるため、慎重な設計が求められます。
4.電子契約導入の成功事例

仲介会社における契約スピードの向上
ある大手仲介企業では、電子契約サービスを導入することで、契約締結までのリードタイムを平均3〜5日から1日以下に短縮したという報告があります。これは、紙の契約書を印刷・郵送・対面押印で進めていた従来プロセスを、クラウド上で「契約書送付→電子署名→保管」まで完結できたためです。
このようなスピードアップが、顧客満足度や契約獲得率の向上につながっているという事例も多く、先行導入企業が競争優位を獲得していると言えます。
管理会社でのコスト削減効果
管理会社・オーナー向けには、書面の印刷・貼付・保管・郵送などの運用コスト削減が明確なメリットです。例えば、契約書保管スペース確保にかかる費用や、契約関連処理にかかる人件費を削減でき、年間数百万円規模のコスト削減に成功したケースも報告されています。
これにより、物件管理の収益性改善・運営効率アップが実現されており、スマートな管理会社としてのブランドイメージ向上にもつながっています。
オーナー・入居者双方の利便性アップ
契約を締結する入居者/借主にとっても、来店不要・時間外契約・オンラインでの契約締結可能という点で利便性が向上しています。一方オーナー・管理会社側も、契約手続きの入力ミスや紛失リスク・保管リスクを低減できます。
このような「双方にとってのWin-Win」の設計が、電子契約導入の成功要因となっています。
5.まとめ:電子契約は“顧客体験DX”の第一歩

デジタル契約で信頼性とスピードを両立
紙からデジタルへ移行することで、契約プロセスの信頼性(電子署名・タイムスタンプ)と契約スピード・利便性の両立が可能になります。これは、不動産業界における顧客体験(CX)を向上させ、“選ばれる不動産事業者”としての差別化要因となります。
先行導入が競争優位に直結する
電子契約はもはや “将来のオプション” ではなく、多くの事業者で標準化が進んでいる取り組みです。先行して導入・運用を確立している事業者ほど、業務効率・コスト構造・顧客満足度といった面で優位性を持ち得ます。紙契約に固執していると、逆に“旧態依然”という印象を与えかねません。
不動産事業において、「契約手続き=顧客接点の一つ」と捉え、電子契約を含めたDX戦略を早期に設計・実行することが、今まさに求められています。